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ぴあんじぇれ・・・なんのこっちゃ?
イタリア語で「泣く」
涙もろい自分に気づく今日この頃。

小説や映画に感動して泣くことは以前からあったけれど、なんだか最近、実用書やお堅い本を読んでも、スイッチ入っちゃうことがある。

先日も飛行機の中で「秘密のファイルCIAの対日工作」を読んでて何故か涙がぼろぼろ。
落ち着けー、自分、て念じてみるんだけど、涙は引っ込まない。
鞄からごそごそとタオルを出したけれど、恥ずかしいったらありゃしない。

読書家の友人Bずさんが「歳をとるとあちこちゆるくなって・・・」と冗談交じりによくおっしゃいますが、あららら、あたくしも四十路を前に実感です(笑)


大自然や旅などの映像を観ていても、数年前から感じることがある。
「人は実感としてそれを知っていると、映像などの疑似体験をも120%楽しむことが出来る」

裏を返すと、まだ、旅にせよ経験にせよ、少ししかしていなかった10代の頃は、TVでどんな景色を観ようが、どんな素敵なストーリーを読もうが、「へー、そうなんだ」位にしか思えなかった。
へそ曲がりなんで「だって、所詮、他人の見た景色でしょ?」とか嘯いていた(ナマガキだ)
そして私はTVを消して、外に飛び出した。

あっちだこっちだをほっつき歩きつつある今だと、例えばどこか奥地の素朴な山村や、南国のビーチや、南極(?!)でも、そこへ行ったことがなくても、ちっとはその空気を共有することが出来る(気がする)。そしてそれを舞台にした物語にも、より入り込めるのだと思う。
件の本の記述に涙してしまったのは、第二次大戦中、戦場となった南の島(今は無人島)で少しの間過ごし、また戦争の話を現地で聞いて、テントの中で夢にまで見た自分の経験が元になっているのだろう。


一方で、他人の書いた書評、映画評、劇評などの読みの深さに驚くこともしょっちゅう。
世の中にはそこらじゅうに宇宙が広がっていて、その観測機器を手に入れるも入れないも自分次第だということに改めて気づく。
山奥の冒険も良いけれど、そんな冒険もいいよなぁ。
なんて、おてんば娘のン十年後がいまさら気づくのであった。
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2010.12.14 / Top↑