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仕事の絡みもあって、Kitara小ホールへ。
合唱グループ、コーロ感透音の定期演奏会とのこと。
ラテン語のミサ曲を歌うの、と聞いて、興味を持った。



ひどく音楽教育に熱心な?ミッション系の学校に通っていたため、強制的にラテン語の聖歌を歌わされていたワタシ。
キリエ、グローリア、サンクトゥス、、などと聞くと妙に懐かしいわけで。。。

今回のミサ曲はヴィラ・ロボスという19世紀、南アメリカの作曲家によるものだった。
へぇ~、ミサ曲ってヨーロッパだけじゃないんだ
学校ではモーツアルトやフォーレ、、、(あとは思い出せない)とか「いわゆる」作曲家として名前の浮かぶ人のミサ曲しか習わなかったので、なんとなく古典的なものだと思い込んでいた。
ラテン語だって、古語だし。

合唱はピアノ伴奏のないアカペラを30人程度で歌い上げる。
通常、男声パートはメンバー集めにさえ苦労すると聞いているので、趣味で歌う人たちにとって、どれだけ高いハードルなのだろう・・・と思いながら聴き入った。
旋律の抑揚がとても新鮮に感じられた。
古典的なミサ曲とは明らかに違う。
それでいながら教会音楽独特の崇高な響きがあって、なかなか素敵な楽曲でした

客演指揮者の樋本さんが「宗教曲は決して静かとかおだやかとか辛気臭いものではない。信仰の情熱が静かで穏やかなはずはないのだから」と語っているが、これにはとても共感。
いや、自分はいわゆる宗教としての信仰は持っていないし、教会音楽が好きなだけなんだけど。
あの音響のいい教会という場所で、美しくて情熱的な合唱を聴く、もしくは信者自身が歌う、ということは一種の陶酔状態なんだろうな。。。と、シスターのお話なんて大嫌いだった私だって思うのだから(笑)

そのほか、ポピュラーな合唱曲「水のいのち」は学生時代の合唱コンクールを思い出す。
客演のパーカッショニスト笠井尚貴さんと大谷大学の学生さんは明るく愉快な演奏を。
しめは北海道ゆかりのポップス、ドリカム、千春、中島みゆき等という飽きない構成。

いい2時間でした。
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2010.10.23 / Top↑
先般、井上紀子「父でもなく、城山三郎でもなく」を読んだ後、城山三郎自身が妻亡き後書き綴った随筆「そうか、もう君はいないのか」があることを知った。
ちょうど本屋さんでぶらぶらしているときに見つけたので、思わず手にとってしまう。
そういえば「父でもなく、、、」を見つけたのも紀伊国屋だったな。
文字が大きくて薄い本なので、蛍の光♪が流れる頃には読み終えてしまった。

そこには杉浦英一(本名)の大まかな自伝が記されている。
奥さんのことを書いた、というよりは、彼の人生は振り返れば常に容子さんがその傍らにいてくれた、という感じ。

とってもピュアで素敵な夫婦像。
これは小説家だからそう書ける訳じゃ全然なくて、本当に素敵なご夫婦だったんだろうな~と。

心に灯りがともるような一冊でした。



2010.10.23 / Top↑
◆「静かな大地」池澤夏樹
なぜか北アルプスのテントの中で読了。
ちり紙の限られた中、涙が止まらず、翌日の食器が吹けなくて困った(ネタバレです)

佐々木譲「五稜郭残党伝」と船戸与一「蝦夷地別件」に始まった私の蝦夷モノ好きは十数年にわたる。その中でもこれは強い印象に残る1冊となるに違いない。

淡路島から入植した池澤氏自身の祖先の物語。
北海道の近世史の中で、蝋燭の明かりのような輝きを持つ'遠友夜学校'に学び、和人でありながらアイヌと共に静内に馬産の基礎を築いた宗形三郎と志郎兄弟の生き様がそのストーリーの屋台骨。
志郎の娘、由良という女性が、亡き父親がいつも話してくれた昔語りを思い出して綴っていくという形をとっている。
池澤さんの一族は和人だけれど、口伝の物語であるところが、アイヌ的でいいな。

アイヌと共に、アイヌの為に、宗形牧場を起こし、繁栄させていくのだけれど、当然、そのような事が当時のこの土地で許される訳はない。法的に、ではなくて、羨望、嫉妬、もしくは憎悪の対象として。
村の中の人間関係、なんて生易しいものじゃなくて、警察権力や姿の見えない権力者からのものとして、その圧力が掛かってくる。
三郎の人生の結末はとても悲しい。

これは和人にとっての踏絵としてではなく、北海道を愛するものとして、心にしっかりと焼き付けておきたい物語。
また、自分の頭で考えず、雰囲気に流されてばかりいると、自覚なく同じことを繰り返してしまうのが人間なんじゃないかな、ということも改めて思い直した。なかなか難しいけれどね。。。
(’10.10.10読了)

◆「父でもなく、城山三郎でもなく」井上紀子
城山モノが好きなので、書店で見つけてワクワクしてしまった1冊。
城山三郎のお嬢さんが、お父さん亡き後、彼自身、お母さん、そしてご両親と自分のかかわりを振り返って書き綴ったエッセイ。
以前、城山三郎、および小倉寛太郎さんの本を読んだとき、青春時代に戦争を経験している世代は、その後の職業人生においても腹の括り方が違ったんじゃないか、などと感銘を受けたことがあった。
いい意味において薫陶を垂れるような、古きよき時代の父親像を想像していたけれど、実際にはそっと、さり気なく、指針を示してくれるような、強さを秘めた優しいお父さんだったようだ。
「城山三郎」という世間的に大きな存在になかなか向き合えなかった著者の心の葛藤が前書きに記されている。
エッセイ全体の印象としては、作家・城山三郎、ではなく、やはり井上紀子さんがご両親とどういう時間を過ごして、どう見送ったか、の方が強いかな。。。
同郷ということも手伝って、少し自分に重ね合わせて読んでしまう気持ちも避けられなかった。
(’10.10.18読了)
2010.10.18 / Top↑
東京滞在の最終日は六本木・俳優座へ「婢伝五稜郭」を観に行った。
佐々木譲さんの原作で、グループ虎 + 10・Quatreによる舞台。

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このお芝居の題名になっている「婢伝五稜郭」は小説トリッパーという雑誌に掲載されているけれど、事前情報として、氏による他の幕末・蝦夷関連の小説「北辰群盗録」「くろふね」「黒頭巾旋風録」などの名場面集としての趣もある、http://sasakijo.exblog.jp/11351500/とのことだった。

題名にもなっている婢伝・・・は、箱館戦争終結後の箱館病院に官軍が攻め入り、抵抗も出来ない怪我人たちを皆殺しにする、というスプラッタなシーンで始まるのだけれど、血を見るのが苦手は私は、どんなことになるのかと、最初からちょっと緊張していた。
でも、それは良いほうに期待を裏切られた。
幕が上がるや、迫力のあるダンス、メチャメチャかっこいい殺陣の連続に圧倒される。
役者さん一人ひとりの動きがまさにプロのそれ。そう、足捌きから指の先まで。
板上の人数の多い舞台だけに、目があちこちめまぐるしく動いてしまう。
(後からチラシで知ったのだけど、この10Quarteの代表であり、主役格・矢島従太郎を演じていた内堀克利さんは殺陣のエキスパートなのだ。そりゃあ、惚れるほどカッコいいわけだ)
登場人物こんなに沢山↓
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一方で、旅の一座が見てきた物語、という表現なので、場面転換が早い。
まるで子供の頃読んだ赤川次郎のようだけど、内容が軽いサスペンス、などではないので、追いかけるのに必死だ。

なんせ、一応、前出の小説は一度は読んでいるものの、ベースとなる歴史の知識がないんだから。
どうしても、あ、これはあの小説の登場人物だったな、とか、どこぞのシーンだったっけ、と。ついつい記憶の中のストーリーと照らし合わせてしまうし、まるで難しい大学の講義を聴いているような顔だったと思う、自分。途中から混乱してしまったのは我ながら情けない。

原作群の中でも印象的なシーンをいくつも観られたのは、一度で何倍も美味しい。
中島三郎助が二人の息子と共に戦死するシーン。五稜郭の残党である兵頭俊作と、かつての同僚で今は追う立場にある矢島従太郎が対峙する場面。

ただ、舞台ではあくまでも「旅芸人による再現」の形なので、劇中劇としてどこまでもエンターテイメントなのだ。
小説の登場人物に深い思い入れを持ちすぎている私の見方は、真剣すぎて、滑稽だった。

本来は舞台は舞台としての作品であるのだから、それそのものを鑑賞するのが礼儀というものだろう。

というのは、観おわってから気づいたことで、3時間のお芝居の間は怒涛の流れで過ぎ去ってしまった。

まだまだ人間が青いですな。

うーん、もう一度観たいな。
さすがに明日の千秋楽に飛行機乗っていくのは無理だけども・・・
2010.10.16 / Top↑
涸沢カールはもしかしたら日本で最も有名な氷河地形かもしれない。
そこに広がる氷原を想像して、涙を流すひとは少ないにしても・・・

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手元の教科書をめくると、1~3万年前まで氷河に覆われていたらしい。
そう思って圏谷の周りにせり立つ岩壁を見上げると、鼻息が荒くなって震えてくるのを感じる。

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そこが今は紅葉のメッカとなっているなんて
地球って素晴らしい、、、というよりは、私がこの星の屑で出来ている生物だからそう感じるのだろうか。

いかん、あまりの感動に、文章が倒錯してきた(笑)

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びっくりしたのは涸沢ヒュッテの居酒屋っぷり。
カールの底にある山小屋なのだけれど、その屋根の上(?)が桟敷になっていて、中央の売店ではおでんを売っている。
ここで100人を下らぬ人々が、1本¥500の缶ビールでおでんやつまみをつついているのだ。
件の圏谷と紅葉を見上げながら。
まるで山岳地帯に突如現れた屋台舟のようだ。


ここは天上界と下界のはざ間だったのか。
なんだか奇妙なとりあわせが面白い。


自分はテン場の端で魚肉ソーセージと余市のウィスキーで祝杯をあげる。
夕闇に溶けるカールには山小屋の食事の順番を告げる放送がこだましていた。

◆5日目
横尾谷は過去に何度か歩いているので、今回は前穂の北尾根を捲くパノラマコースをたどることにした。
大天井ヒュッテで一緒だったopandaさんも、通好みのいいルート、と言っていたし。

まだ陽の当たらぬカールを背に歩き出すと、鎖場が出現。下山路にしては面白みがある。

コルに出ると、一気に視界が開ける。
谷底には梓川、右手奥に富士山と南アルプスの遠景が、左手には槍、穂高などが見渡せる。その名の通り、大パノラマのいい道だ。
ザックをデポして屏風の耳に上がると、どど~んと絶景が待っていた。
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このブログじゃ全景写真が収まらないのが残念だけれど、ここまで歩いてきた表銀座、槍、大キレット、北穂、涸沢の全てが目前に広がる。
ちょうどガスの切れ間から陽光が射し、山々を照らしだした。
山は決してそんなこと言ってないはずだけど、まぁ、よく歩いたよ。と受け止めることにしといた。

あとはひたすら下るのみ。
道ゆく人は、川原の岩道を嫌がっていたが、沢屋な私にとっての核心は、徳沢からの林道歩きだった。
冗長この上ない。国内一級の観光地にそんなケチつけたら非国民だね
いや、目的が違えば素晴らしい場所なんだけど、、、
あ、一つだけ良かった?のは生の山ガールをいっぱい見られたこと(爆)
なんせ普段の生息域には分布していないもので・・・噂どおり、上高地~横尾は彼女たちの聖地のようでした。

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やっと着いたよ、河童橋。と、そこからの眺め。ハイ、お約束ですね。
Zermattで言うならば、ゴルナーグラードからのマッターホルンくらいに多くの人がシャッターを押す場所だろう。
私も幼少の頃から数えて何回来ていることか・・・

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この日の夜、実家で見つけた十数年前の同じ場所からの写真(笑)

それにしても北アは交通の便が良い。
あれよあれよという間に、バスが来て、電車に乗り継いで、気づけば温泉に入る間もなく実家の玄関を開けていたのでした。チャンチャン♪
2010.10.16 / Top↑
まとめ
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