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南九州で沢納め、転じて、ぶらぶら旅に出かけてきた。
でもなぜか、カメラに残っている写真はこんなのばかり
おかしいなぁ、沢登はしてないはずなのに・・・

宮崎県は日向灘を臨む尾鈴山山塊の幕府軍、もとい、瀑布群です。
写真上段右は‘矢研の滝‘といって日本の滝百選にもエントリー。落差73mというから規模としてはそれほど大きくない。
とはいえ、登れはしないですね。
木が繁茂してよく見えないのが残念。
みやざきの神話と伝承;こんな昔話があるのも、いかにも九州らしい。

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お次は海に下って日向岬です。
こちらも激しく柱状節理な岬の割れ目に波が打ち寄せています。
面白かったのは、岬のたもとにあった国土地理院の潮位検収場(写真右下)。なかなか趣のある建物ですね。
潮と暴風雨にさらされてもびくともしないんだろうから、質実剛健、と言ったほうが正しいのだとは思いますが。。。
このあたりは釣り人だらけでした。
岩場の凹凸が激しくて、いい釣り場なんだろうな~

やっとたどり着きました、最初の目的地高千穂峡
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以前にも来たことがあるのだけど、今回はいわゆるボート乗り場(写真右)から少し離れた駐車場に停めたので、却って谷を満喫できました。阿蘇山の溶岩流を五ケ瀬川が侵食してこんなことになってるんですね。。。
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柱状節理は層雲峡でも道内の沢でもあちこちで目にしているけれど、これだけの規模の谷はなかなか壮観。しかも遊歩道を歩いて、眼下に見下ろせるのは
水の青さと岩の壮大さに圧倒され、この上流部に「天岩戸神社」があるのも頷けますなぁ

山に登って、海に下りて、渓谷を歩いたら残るのは地中です(?!)
鍾乳洞の中では全てが妖怪に見える件・・・のようなって冗談はさておき。
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急流で名高い球磨川の脇にある球泉洞
岩手・龍泉洞のような地底湖はないけれど、ヘタな色とりどりの照明もないし、余計な立て看板もなく気持ちよく見ることの出来る鍾乳洞。
3億年前に隆起した海底石灰岩層が侵食されたもの、と推定されているらしい。

ホント、日本のどこを旅しても思うのが、国じゅうのひだひだを全部平らに均したら、日本はどれだけ広大な国土を持っているんだろう???って。
おかしいけれど、そんなことを考えてしまう。

人の心のひだも興味深いけれど、地球の表面のひだも大好きです。
あとは海溝探検か・・・(笑)
2011.11.09 / Top↑
「台風の爪痕」とはよく使う言葉だが、今回は文字通り爪の跡のような山崩れを、紀伊山地随所に残していった台風12号。
私はテレビを持たないので、ニュース映像は観ていない。
だから余計に感じるのかもしれないけれど、この↓「河道閉塞発生箇所」の空撮写真を目にして改めてショックを受けてしまった。
国土交通省発表 河道閉塞発生箇所(奈良県・和歌山県)
思わず、手元にあった十津川村の詳細地図と見比べてしまう。
今回の報道で、多くの人も知ったと思うけれど、明治23年にも同じような大災害があった。
土砂崩れ、というレベルでなく、自分達の住んでいた地面がなくなってしまった。
それで住む場所を求めて北海道に入植した人たちが拓いたのが新十津川町。
川村たかしさんの「新十津川物語」は私の愛読書でもあるけれど、まさかそこに描写されているような災害が、こんなにすぐに起きてしまうとは想像もしていなかった。




3年前に初めて訪れ、心動かされ、それ以来何度となく足を運んでいる紀伊山地。
一昨年の秋の小辺路
少し大袈裟ないい方になるけれど、私にとって心のふるさとの一つでもあり、自分のこれからすべきことを振り返る場所の一つとなっている。

(追記)
その後、復旧ボランティアツアーなどが開催されており、心強く思う反面、なかなか当地まで足を運ぶタイミングが見つからず、今に至る自分が少し歯がゆい。(11・25)




2011.09.15 / Top↑
熊野山地を歩くのはもう何度目だろう???
多分7回目くらい。
我ながらしつこいとは思うけど、今後も毎年通い続けてもいいくらいに、熊野は深い。
森が、じゃなくて、土地に染み付いたナニかが。

熊の古道は世界遺産登録されたおかげで一躍有名‘観光地’のようになっているけど、間違ってもそこは「観光地」ではない。
古の巡礼の道を、おいそれと、足腰の弱った現代人が物見遊山できるわけはないのよね。
それなりに山歩きモードで、いざ中辺路へ。

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とはいえ、王子舎をつなぎ、ところどころでこんな見所のお話を聞きながら歩いたりするわけ。
周辺で最古の高原神社。(明治の神社合祀令で多くの自社仏閣、鎮守の森が失われた中で、なんとか生き延びた場所。)
楠の大木が印象的。

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かな~りすっ飛ばしますが、こちらは熊の古道のガイド本には必ず載ってる牛馬童子。
牛と馬にいっぺんにまたがってるあたりがなかなかユニーク
ちなみにこの像は高さ40センチくらいです。私は写真より先に実物を見たのでわからないのだけど、写真だけ見て、もっと大きなものを想像して来る人が多いんだそうな。

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ちょうど1日山中を歩くと、里が見えてくる。(近露集落)
右はいつもお世話になっている語り部さん。
私にとっては素敵なお兄様です。

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お伊勢参りや西国三十三箇所めぐりが唯一の「旅」だった時代はそう遠くはない。
そんな頃の道標が今でもしっかり残ってるのね。
右:かうや=高野山
左:きみい寺=西国巡りの3番札所、紀三井寺

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2日間歩いたところで、熊野信仰の総本山、熊野本宮大社へ到着
まぁ、今風に言えば「パワースポット」ってやつですか?
あ、でも現在の本宮大社は明治23年の大洪水後に再建されたもので、本来のパワースポットはその近くの大斎原(=おおゆのはら)なんです。今回はそこもゆっくりと参拝したけれど、神聖な場所につき、撮影は禁止。
(↑の大洪水、山崩れで、熊野川上流の十津川村の大部分が流され、北海道に開拓民として渡ってきた人たちが拓いたのが今の新十津川町。その辺の話は「新十津川物語」に詳しい。道民必読の大河小説です)

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3日目は小雲取越を歩きました。
ここは修験の人たちの道でもあり、上の梵字は修験者が行をおこなう場所だとか。
どこまでも人間の営みと緑が絡まりあう景色。

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4日間の山歩き、終着点は那智大社。大きな滝がご本尊です。
普段、滝と対峙することの多い自分としては、いつもにもましてまじめに参拝&お守りなんか買ってしまうのでした。

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歩き終わってもタダじゃ帰らない贅沢旅。
今度は川の熊野古道を舟で下ろうという魂胆。こちらも語り部さんつきで。

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標高1000mの山の上に立つ玉置神社は悪魔祓いの場所らしい。
日本版エクソシストか・・・?

なんて、行ってきたのは半月ほど前なんですけどね・・・
2011.06.13 / Top↑
八戸港の被災によって苫小牧~青森の代替運航を行っているシルバーフェリーを利用して、青森へプチトリップに行ってきた。
臨時でフェリーが停泊する堤ターミナルから8kmほど歩いて、途中でヒッチハイクして車に乗せてもらった。
1台目は酸ヶ湯温泉の調理師さん。
東北各地では観光客のキャンセルが相次いで廃業を余儀なくされている旅館も多い中、八甲田は例年の7割程度の入りこみ数だとか。「一人も解雇されないだけ有難いですよ」の言葉がずしりと響く。


猿倉温泉で先行していた方々と合流。
高田大岳などなど、周辺を滑る。
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八甲田へは厳冬期しか来たことがなかったのだけど、たおやかな山々を滑り歩くには春がイイと実感。
札幌ナンバーの車でこのあたりをウロウロしていると「そんなに雪、違うか?北海道にも雪は降るだろぅ?」と言われる、とは、通いなれた親分の言だけれど、、、そこに流れる独特の雰囲気が良くてやっぱり足が向いてしまう。
宿泊した猿倉の温泉濃い硫黄系のお湯が素晴らしい。
大町桂月で有名な蔦温泉にも入って、八甲田満喫。

下山後は青森で時間が余ったので、大好きな町、弘前へ。
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弘前城の桜まつりは2回目。北海道のエゾヤマザクラも好きだけれど、やっぱりソメイヨシノも見たいのですよね。本州産の人間としては・・・
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七分咲きのこの日も、人・人・人、市内は大渋滞。日ごろは人ごみは苦手だけれど、今年の弘前にこんなに人が来ていることは嬉しかった。
一人なので、出店の買い食いも、桜の下の宴会もしないけれど、充分に花を楽しみました。

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↑こちらは弘前駅で行き当たった津軽三味線の被災地復興ライブ。
電車待ちの時間、聴き入ってしまいました。もちろん、(わずかだけど)募金もね
2011.05.02 / Top↑
女満別で母と合流、冬の道東トリップへ行ってきた。
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まずは網走・北方民族資料館。↑アザラシの腸で作ったポンチョとアイヌのスキー
見るポイントがずれてる気もするけど、私にとってはどっちも「すごい!」よ。
今まで足を運んだ北方民族関係の博物館の中で、ここの展示は今までの中で一番面白かったかも。
イヌイットのアザラシ猟の様子のVTRは必見です。
お約束の網走監獄と天都山も押さえて、夜はPきちご推薦の鯨料理のお店に(美味しかったよ、ありがとう!)

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一応、今回の目玉。流氷船おーろら号。
去年は接岸期間が短かかったので心配したけど、流氷バッチリまずは胸をなでおろす。
船内放送で「右前方にオジロワシがいます」って、目を向けるとオオワシだったwのはご愛嬌。
それにしても流氷船の大盛況には驚いた。
(内心、北海道の自然を目的にした観光は、一極集中にならざるを得ないのよね、、、とその辛さも感じてしまうのでした。)

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3日目は天気に恵まれ

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母、人生初のスノーシュー散歩。
本当は前日の予定だった神の子池。前夜もっさりと積もった深雪に阻まれてタイムアウト。
池は見られなかったけど、母の目には雪の振る舞い一つ一つが新鮮らしく、楽しめたかな・・・(?)
そして屈斜路湖畔から和琴半島へのホーストレッキングにも挑戦。
馬場で縄(?)をかけて連れてくるところから。
これは過去にも一度だけ経験があるのだけど、馬は本当に人間の心を鏡のように映すと思う。
好きだけど、どちらかというと恥ずかしいのよねなんていうか、馬を前にすると、もぉ、参っちゃう、っていうか。。。そんな感じ。ココまで運動不足と運転でこわばっていた身体がほぐれるのもありがたい。
ちなみに、雪の中をジャンプしながら歩く馬の背で、母はほぐれるどころじゃなかったそうだ。

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移動しながら、釧路湿原を上から眺めたり、間近で丹頂を眺めたり。

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鶴居で泊まったお宿・夢工房はなかなか素敵な建物&かなり美味しいお食事で大満足。

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そしてトリは冬のSL湿原号釧路~標茶間を往復乗車。
母、車内のだるまストーブを懐かしむまでは普通の母だが、「キハ」だの「キロ」だのって、なんだか詳しい
もしや元祖・鉄子さん・・・?

久しぶりに会った母娘とはいえ、4日も顔をつき合わせていると、さすがにおしゃべりのネタもつきて、無言でワンカップを傾けながら(あ、傾けたのは自分だけです・汗)帰路に着いたのでしたとさ
2011.02.23 / Top↑