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もうすぐ2011年が終わる。
大震災、原発事故、長引く不況、etc.世の中は暗いニュースが目立った一年でしたね。

個人的にはどんな年だったろう。

怪我の多かった昨年に較べると、健康に過ごせたかな、、、と思っていた矢先、年末の腱鞘炎は痛かった(というか、まだ痛い
乾燥路面で隣の車に突然突っ込まれたのも、ちょっとイタかった。
でも、痛かったのはこれくらいかな?

珍しく、両親それぞれを北海道に招待。
母とは冬の道東ツアーへ、父は初夏の夏山を楽しんだ。

今までも続けてきたヨガだけど、今年は少し、頻繁にレッスンへ行くようになったのと、大先生のワークショップに参加した。
自分にとって、シャドウヨガがより重要なものになってきた。

BGMが専らクラシックになった。
札響のコンサートに出かける機会にも恵まれ、自然とかけるCDが変わってきた。
お気に入りはラフマニノフのピアノとマイスキーの無伴奏、ってこれは去年から同じだったかな。

弘前劇場とTPSのお芝居を数度ずつ観劇
全く分からない時もまだあるけれど、肩の力を抜いてお芝居を楽しめるようになってきた。
小さな劇場で観る、生身の舞台は面白い!

は公私ともにやや少なかっただろうか。
恒例の熊野古道を完歩できたのはよかったけれど、その後の台風被害が気になる。
新しい年には再訪したいな。

資格試験の勉強なんぞを久しぶりにやってみた。
半分は実務のため、半分は全くの趣味で勉強してみたが、新しい知識を得ることは楽しかった。
これは何らかの形で続けていきたいこと。

相変わらず夏は沢登り、冬はパウダーを満喫中ではあるけれど、山に行かない週末もイライラしなくなってきた(笑)

自転車で羊蹄山を登りに行ったのも面白かった。
おバカなプチトリップはこれからも・・・

そうそう、忘れちゃいけない、生まれて初めて自分で車を買ったのだった。
買い替えまでに旧・林道スペシャル君で何度か怖い思いはしたけれど(高速のトンネルの中でエンストとか)今となっては思い出ですね(?!)

ともあれ、無事に年を越せることに感謝、今年はじんわりとそのありがたみを実感します。
新年はどうかより多くの人にとって、明るい気持ちを持てる年となりますように
2011.12.31 / Top↑
連休前夜、2ヶ月ぶりにクライミングの練習をした。
その間にどうやらフライング・サンタさんが来たようで、家周辺にまでがっつりパウダーがたまっている。
翌日は早朝出発なので、張り切って雪かき。
このところの運動不足を解消したよ
腕
と満足して眠りについたのだけど、朝起きてみたら手首がなんか腫れてる・・・
その日一日謎のタンコブを気にしつつ過ごして、再び壁練へ。

痛くて登れそうもない、と思っていたところにオイちゃんからの一言
「あ、こざるちゃん、それ腱鞘炎だね」
なんでもオイちゃんは喫茶店をやっていた頃に珈琲を淹れすぎて腱鞘炎になってしまったそうだ。
右手を傷めて左手で淹れてたら、そちらも腱鞘炎・・・って。

雪かきよりも随分かっこいいなぁ~

なんて、理由はともかく、右手が使えないのはなんとも不便です。
早く治さなくちゃ
2011.12.29 / Top↑
愛車・林道スペシャル君は相方から譲り受けたコだ。
相方がセカンドカーとして3年乗れれば御の字、と買った中古の1BOXを4年乗り、更に私が5年、6年目と乗っていた。
だましだまし、壊れたら直しながら次の車検までは、と思っていたのだけれど、、、
この半年でレッカー出動3回。
高速道路のトンネルの中で止まった時には、自分の心臓も止まるかと思った。
さすがに潮時ですね。
納車
で、3日で決めて、1週間で納車でした。早っ
ほとんど変わりませんが私のような遊び人にはコレが一番
念のためつけときますわ。一応、年式、走行距離共にかなり新しくなりました(当たり前だよ)

元祖・林道スペシャル君が私の元に来てからまだ1年と少しだけど、いろんなところに行きましたね。
苫小牧港や千歳空港は何度も。遠くは函館や斜里にも。
まだ相方が乗っていた頃だけど、ポンヤオロマップから21時半に下山して、ヘロヘロになりながら帰宅したのもこのコだったな~
ポンコツではあっても、生身で山に対峙し、楽しくもスリリングな時間を過ごして車へ戻ったときの安堵感というのは不思議なものがある。特にこのコは楽々車中泊できるので、車版バックパッカーな気分もある。
色々な意味で、頼りになる相棒なのだ。
お別れの時、ボディにタッチしたら、涙が出そうになっちゃった。

新しいスペシャル君、一緒に冒険、ヨロシクね
2011.08.26 / Top↑
私は生まれも育ちも関東だが、祖父は小樽生まれである。
小樽で生まれた後、幼児のうちにその母(私の曾祖母)の教育方針で東京へ。
ずっと、この曾祖父母が一代で秋田→小樽→東京と移住したと聞いて育った。

それが先日、母と道東を旅しているときに「実はママのおじいさんは北海道で生まれ育ったらしいのよ」との衝撃発言。
え?そうなん?

母は祖父母に生前、自分史を書かせていた。
(祖父母が自発的に書いたものではないので、明らかに、書かせたのだ・笑)

「おじいちゃん(私の祖父)の自分史を改めて読んだら、○○(=曾祖父)遠別に生まれる、って書いてあって・・・」

え?お母さま、自分で書かせておいて、今頃初めて精読したの???
(酷すぎる、祖父が亡くなったのはかれこれ20年も前である)
まあそれはさておき、だ。

どうやら私のひいじいちゃんは道産子らしい。

しかし一方で、遠別の入植の歴史をググっても、どうにも計算が合わない。
もし本当に遠別生まれであるとするなら、明治の開拓期より前から住んでいたことになるのだ。
よく北海道では「三代遡ればみんな内地のどっかから渡ってきたんだから」というけれど、私の場合「三代遡れば道産子だったのよ」ってことになるのだろうか。。。?

事の真偽はともかく、まずは道産子クォーターってことで好きで移住してきた自分としては、結構嬉しいハナシだったりするのでした。
2011.02.25 / Top↑
ぴあんじぇれ・・・なんのこっちゃ?
イタリア語で「泣く」
涙もろい自分に気づく今日この頃。

小説や映画に感動して泣くことは以前からあったけれど、なんだか最近、実用書やお堅い本を読んでも、スイッチ入っちゃうことがある。

先日も飛行機の中で「秘密のファイルCIAの対日工作」を読んでて何故か涙がぼろぼろ。
落ち着けー、自分、て念じてみるんだけど、涙は引っ込まない。
鞄からごそごそとタオルを出したけれど、恥ずかしいったらありゃしない。

読書家の友人Bずさんが「歳をとるとあちこちゆるくなって・・・」と冗談交じりによくおっしゃいますが、あららら、あたくしも四十路を前に実感です(笑)


大自然や旅などの映像を観ていても、数年前から感じることがある。
「人は実感としてそれを知っていると、映像などの疑似体験をも120%楽しむことが出来る」

裏を返すと、まだ、旅にせよ経験にせよ、少ししかしていなかった10代の頃は、TVでどんな景色を観ようが、どんな素敵なストーリーを読もうが、「へー、そうなんだ」位にしか思えなかった。
へそ曲がりなんで「だって、所詮、他人の見た景色でしょ?」とか嘯いていた(ナマガキだ)
そして私はTVを消して、外に飛び出した。

あっちだこっちだをほっつき歩きつつある今だと、例えばどこか奥地の素朴な山村や、南国のビーチや、南極(?!)でも、そこへ行ったことがなくても、ちっとはその空気を共有することが出来る(気がする)。そしてそれを舞台にした物語にも、より入り込めるのだと思う。
件の本の記述に涙してしまったのは、第二次大戦中、戦場となった南の島(今は無人島)で少しの間過ごし、また戦争の話を現地で聞いて、テントの中で夢にまで見た自分の経験が元になっているのだろう。


一方で、他人の書いた書評、映画評、劇評などの読みの深さに驚くこともしょっちゅう。
世の中にはそこらじゅうに宇宙が広がっていて、その観測機器を手に入れるも入れないも自分次第だということに改めて気づく。
山奥の冒険も良いけれど、そんな冒険もいいよなぁ。
なんて、おてんば娘のン十年後がいまさら気づくのであった。
2010.12.14 / Top↑
まとめ